◎日月会合算法
◎今村知商跋[1]
【原文】
夫氣運之筭數其理温奥而難明矣予非知其理唯作為筭術而以使同志知暦數者也所謂一歳之日行一月之月行者暦數所記章歳章月也暦家雖有方技皆以此數推之則其法瞭然于是故資以筭註諸集註誠雖有僭踰之罪於筭家童蒙之輩有小助乎
旹寛永壬午歳秋九月吉旦今村知商書焉
【訓読】
それ気運の算数は、その理、温奥(おんのう=奥深い)にして、明らかにすることかたし。予、その理を知らず、ただ算術をつくりなして、もって同志に暦数をしらしめるものなり。いわゆる一歳の日行、一月の月行は、暦数のしるすところの章歳、章月なり。暦家に方技ありといえども、みなこれをもってこれを推せば、すなわちその法ここに瞭然たり。ゆえに算註をもって諸集註[2]に資(し)す。まことに僭踰(せんゆ)の罪ありといえども、算家、童蒙のやからに小助あらんか。
ときに寛永壬午の歳(1642)、秋九月吉旦、今村知商、書しおわんぬ。
【通釈】
天地の運行の数学は、その理論が奥深く、簡単ではない。私は、理論はしらないが、計算をおこなって、それによって同志に暦計算を教えるものである。いわゆる一歳の日行、一月の月行は、暦の計算書に書かれている章歳、章月にあたる。これまでの暦家には技法があったが、すべてこの章歳、章月の方法で計算し、推論すると、一目瞭然である。それゆえ、計算の註をつけて、これまでの多くの注釈にプラスする。ほんとうに僭越ではあるが、計算家や子供たち、一般大衆のちょっとした参考になるであろう。
ときに寛永19年(1642)、秋9月吉日、今村知商、書きおえる。